[Physical Expression Criticism]志賀信夫のアートコラム vol.00
舞踊を中心にアート、文学などについて批評を書いています。特に舞踏や現代美術が中心です。
・神保町アートネットワーク
昨年、数名で神保町アートネットワークを立ち上げました。
このサイトがギャラリー、劇場などのポータルサイトを目指しているので、まずはその関連でお伝えします。
東京の神田神保町は世界最大の古書店街として有名で、最近はカレーの街でも知られていますが、実は大きなアートスポットでもあります。
ギャラリーは40以上あります。古書店や大手出版社のもの、展覧会のときだけ開くものもあるため、あまり知られていませんが、アート関連の画材店や大学、美術の専門学校なども多いのです。
そういった情報をつなげて、神保町をアートな街として広めたいと考えます。せっかく訪れたら、銀座のようにギャラリーをいくつかはしごできるようにできればと思います。
今年はコロナ禍もあって、神保町アートネットワークは、Facebookページで参加を呼びかけたところ、たちまち2000人を超えました。
・歴史的建造物
今回は、神保町付近にある歴史的建造物のことなどを少しお伝えしたいと思います。
神保町を中心とした区域は、大学や学校が多く、かつては銀行や映画館などの洋風建築が立ち並んでいました。しかしその多くは高層化によって建て替わり、煉瓦造りやレトロな雰囲気の建築も減ってきています。それでも、街中を歩いていると、昭和3(1928)年建立のカトリック神田教会や矢口書店など、当時の姿をとどめる建物に出会います。
丸の内や渋谷などの中心街がオリンピック景気で大規模開発が進むなか、神保町も大規模なビルが増えてきました。煉瓦造りや石造り、コンクリートの建物も耐用年数を待たずに建て替えられています。海外ではこういった強固な建物は百年、二百年以上使われていますが、日本は数十年で建て替えられています。それは、経済発展、経済効率を優先しているからでしょう。でも、新しい建物はどれも似たり寄ったりです。そして、半世紀を超えて残るビルはほとんどありません。
建物は風景でもあり、暮らしの場でもあります。建物の持つ雰囲気や空気感、意匠(デザイン)は、見る者、使う者、関わる者に影響を与えてきました。それは、人々が集まる場であり、街のランドマークであり、社会資産でもあります。
経済効率や便利さだけで美しい建物が失われるとすれば、それは大切な資産・財産を失うに等しいでしょう。歴史的建造物は私たちみんなの共通の財産でもあるのです。
・カレーの街
ところで、神保町は昔からカレーと関係があります。昭和2(1927)年に暹羅(シャム)協会として発足し、現在も神保町のとあるビルに入っている日本タイ協会。1年前まで、神保町・さくら通りの中央にある歴史的建造物「旧相互無尽会社ビル」にテナントとして入っていました。そしてこの日本タイ協会が神保町にあることで、タイを中心としたエスニック料理店が神保町にいくつもできたという経緯があります。
もともと老舗のカレー店も多かったところに、学生街として安いカレー店も増え、エスニック料理店で多様なカレーが食べられることもあり、現在のカレーの街ができあがったといわれています。神保町の名物、2011年に始まった神田カレーグランプリは、いまでは2018年には4万人を集めるイベントになりました。2020年には60回を迎えようとしていた、毎年30万人が訪れる神田古本まつりとともに、毎秋の読書好きとグルメファンの大イベントに成長しています。いまや古書店は200店、カレーを出す店は400店を数えます。
神保町アートネットワークは、40以上あるギャラリーやアート関連の学校・施設・店などをつないで、この神保町に来る人々に、古書、カレーといった文化ともに、アートを味わってもらおうと考えています。その神保町の中心地域のひとつのさくら通りに、歴史的建造物の旧相互無尽ビルがあるのです
・旧相互無尽会社ビル
この「旧相互無尽会社ビル」が解体されようとしています。地上5階地下1階建のこの建物は、RC構造、煉瓦様のスクラッチタイル外装で、つい先ごろまで使用されていました。昭和5(1928)年に建てられた後、所有者が相互無尽株式会社、相互貯金株式会社から第一相互銀行、太平洋銀行、わかしお銀行を経ましたが、その姿は代々の所有者に愛され、建設当時と変わらず保たれてきました。
また、このさくら通りから徒歩15分以内には、すぐそばの山形屋紙店・蔵(大正元〔1912〕年)をはじめ、ニコライ堂(明治24〔1891〕年、重要文化財)、学士会館(昭和3〔1928〕年、国登録有形文化財)、カトリック神田教会(同年)、矢口書店(同)、一誠堂書店(昭和6年)、山の上ホテル(ヴォーリズ設計、昭和11年)、今荘(鰻店、昭和8年)、共立講堂(昭和13年)、Gallery 蔵(大正6年)、文房堂ビル(大正11年)、東方学会(大正15年)など、歴史ある美しい建物を見ることができます。
そして、お茶の水方面に足をのばせば、旧文化学院校舎入口(昭和11年)、日本大学お茶の水校舎(旧カザルスホール、ヴォーリズ設計、大正13年)など、一見に値する歴史的建造物がたくさん存在します。保存の手法は多々あり、ファサードなど建物の一部だけを残す建物もありますが、残念ながら、ゼセッション様式を極めた東洋キネマ(昭和3年)や研数学館(昭和4年)は、解体されてしまいました。
神保町アートネットワークでは、アートに関する活動の一環として、美術のみならず、広く文化を捉え、こういった歴史的建造物の保存や活用も考えていければと思っています。
(神保町アートネットワーク:志賀信夫、三上紀子)
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