【Art News Liminality】まちとアートの浸透圧―「すみだ向島 EXPO 2020」を歩く その4/6
2020年の秋、すみだ向島に現われたアート/まちづくりのニューノーマルとは? 全6回にわたる批評ドキュメント。その4
すべてが計画され、統制され、ほどよく修正されながらも均質化へと突き進む都市のビジョンと風景への実装は、明るくも、どこか冷やかだ。安心・安全な共生へと向かうことで生まれる疎隔と閉塞から、人はどのように新たな人間性を獲得することができるのだろう。《KAB Art Book Camp》(嘉藤笑子)(*18)は、遠隔化され、統制化された展示空間やイベント運営を鮮やかに転倒させ、より豊かに我有化するための体験・参加の技術(アート)を明確に打ち出すものだった。
これまでArt Autonomy Networkを展開し、「神山アーティスト・イン・レジデンス」を指導してきたディレクター/キュレーター 嘉藤の蔵書を有する図書館でもある民泊施設では、観客は展覧会場に宿泊し、アーティストによるワークショップを受けることができた。展示作品に囲まれながら、制作者のワークショップを受けることで、制作のコンセプト、テクニックに触れるとともに、参加者の思いをアーティストやキューレーターに伝え、フィードバックを受けるという高密度な対話的鑑賞を可能にするというものだ。萩原朔美を名誉校長として始まった「本」をテーマとするキャンプでは、ドキュメント/アーカイブとキュレーション、そしてアート・マネジメントと公共空間のかかわりを多くの本に包まれながら実感することができた。《総ては本》(萩原朔美)のビデオ作品からは、アート、そしてドキュメント/アーカイブへの力強い意思と欲望が感じられた。
《KAB Art Book Camp展》(嘉藤笑子)は、思考を消去するドローイングとして「写真」を捉える《雄勝》(出月秀明)、本に息を吹きかけて音を奏でる《本を吹く》、漫画雑誌を苗床にする《まんが農業》ほか(河地貢士)、新しい宇宙の可能性のイメージ「無」を表現する《真空の種》(栗山 斉)、戦災や震災による死を木彫により霊的な存在として可視化する《2020―東京―います》(パルコ木下)、子どもが想像で描いた星座をアニメーションにした《どうぶつのみち》、自己と他者の未分化な記憶をめぐる《きみといる、いなくても》(松本 力)など、死の気配のなかにあって人とものとの新しいつながりや世界の誕生を予感させるグループ展となった。
京島南公園(通称・マンモス公園)近くの路地に佇む木造建築物で一夜を過ごして感じられたのは、ベッドルームの呼吸する自然素材の壁(内装:道畑吉隆)をとおして伝わってくる隣人の気配であり、大きく透明な窓の向こうに漂う人々が行き交うかのような印象であり、誰もいなくなった暗がりにこだまする子どもの声の名残り、あるいは予感だった。アートともに、本を介して、人とまちは新たに生まれ変わることができるかもしれない。パンデミックが暗に突きつけてくる世界の終わりと来たるべき世界、あるいはアートスペースのあり方の一つが確かに示されていた。
[18]嘉藤笑子.KAB Art Book Camp.https://sumidaexpo.com/artist/katouemiko/
以上 文・撮影:F.アツミ(Art-Phil)
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